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FS™制作チームから、ご挨拶です。
「月輪|つきのわ」を、お楽しみいただけておりますでしょうか。 皆様のもとへこの音が届き、その響きが少しずつ広がっていくことを、 制作チーム一同、言葉にできないほどの多幸感に包まれながら見つめています。 心より、感謝申し上げます。 「月輪|つきのわ」は、 フラクタス・ハルモニア™による調律と、ファンクショナル・サウンド™の設計を重ね、 できるだけシンプルに、その響きそのものを感じていただける形を目指しました。 制作している私たち自身も、何度その音の中へ深く沈んだことでしょう。 作り手でありながら、いつの間にか、ただ聴いている人になる。 それほどまでに、特別な制作体験でした。 そして、この物語は、 「月輪|つきのわ」から「日輪|ひのわ」へ。 月が光を映し、太陽がその光を放つように、 ふたつの作品は、互いに響き合うよう設計されています。 「日輪|ひのわ」は、まもなく完成を迎えます。 リリースは未定ですが、良きタイミングにて現れます。 「月輪|つきのわ」をご購入いただいた皆様には、アカウントに月のバッジが付与されています。 この月のバッジは、「日輪|ひの
1 日前読了時間: 2分


月読|つきよみ 第五篇
第五篇 月暈|つきがさ 幸運 幸運は、 突然やってくるものなのでしょうか。 大きな出来事。 思いがけない成功。 願っていたものが 突然手に入ること。 私たちは、 そういうものを 「幸運」と呼ぶことがあります。 けれど、 本当の幸運は、 もっと小さなところから 始まっているのかもしれません。 ほんの少し、 流れが変わる。 偶然、 必要としていた言葉に出会う。 なぜか気になる場所へ行ってみる。 ふと思いついたことを、 そのままやってみる。 その瞬間には、 それが何につながっているのか まだ分かりません。 けれど、 あとから振り返ったとき、 「あそこから始まっていた」 と気づくことがあります。 第五曲「月暈」に込めたものは、 幸運。 前回、 月読は新月へ辿り着きました。 朧月|瞑想。 見えていたものを手放し、 答えを探すことをやめ、 ただ静けさの中へ沈んでいく。 そして今、 月は再び 少しずつ光を取り戻し始めています。 最初に現れる光は、 まだとても小さい。 満月のように 夜を明るく照らすものではありません。 注意していなければ、 見過ごしてしまうほど
4 日前読了時間: 5分


月読|つきよみ 第四篇
第四篇|朧月|おぼろづき 瞑想 見えないものは、なくなったのでしょうか。 今日、月は見えません。 空を覆う雲の向こうにも、そして新月を迎えた空にも、 いつものような月の輪郭はありません。 けれど、 月そのものが消えてしまったわけではない。 ただ、 見えなくなっている。 今日は、そんなところから始めてみたいと思います。 第四曲「朧月」に込めたものは、 瞑想。 第一篇では、 感受。 まだ言葉にならないものを受け取ることから始まりました。 第二篇では、 浄化。 心に残っていた引っかかりをほどき、本来の流れへ還っていく。 そして第三篇、 共時。 余白が生まれたことで、 離れていた出来事の間に小さなつながりが見え始めました。 けれど、 共時性に気づいたあと、 私たちはもう一度静かな場所へ戻る必要があるのかもしれません。 見つけたものを追いかけるのではなく、 すぐに意味を決めるのでもなく、 ただ、 静かに置いておく。 瞑想とは、 何も考えないことではないと私は思っています。 思考を無理に止めることでも、 頭の中を真っ白にすることでもありません。 浮かんでくる
6 日前読了時間: 4分


フラクタス・ハルモニア™|設計の断片03
03|ここでしか、響かない音。 ここまで二回にわたり、 フラクタス・ハルモニア™についてほんの少しだけ、その設計の内側をお話ししてきました。 最初に置いたのは、 2160 というひとつの数字。 月の直径。 正立方体。 2160Hz。 そして、その先にある 音の設計。 音の高さ。 音と音との関係。 比率。 さらに、 Pitch|音高Pulse|時間 聞こえている音の背後には、聞こえていない構造があります。 けれど、 どれほど美しい構造があっても、 どれほど数の関係が整っていても、 それだけでは音楽にはなりません。 最後に残る問いは、 とてもシンプルです。 それは、実際にどう響くのか。 フラクタス・ハルモニア™をつくる中で、 私たちが最後まで確かめてきたのも、結局はそこでした。 数として美しいこと。 構造として成立していること。 そして、 耳で聴いたときにも美しい響きとして存在できること。 その三つが重なる場所。 理論だけが正しくても、音として心地よくなければ意味がない。 反対に、 ただ心地よいだけで、その背後に構造がなければ、 それはフラクタス・ハ
9月10日読了時間: 4分


月読|つきよみ 第三篇
第三篇|月華|つきのはな 共時 偶然は、いつから意味を持ちはじめるのでしょう。 たまたま耳にした言葉。 ふと目に入った数字。 なぜか気になった場所。 考えていたことと、まるで呼応するように起こる出来事。 ひとつだけなら、きっと偶然として通り過ぎてしまいます。 けれど、 いくつかの出来事が不思議なほど重なったとき、 私たちはそこにひとつの流れを感じることがあります。 第三曲「月華」に込めたものは、 共時。 第一篇「月輪」では、受け取ることについて綴りました。 感受。 第二篇「素月」では、心の中にある引っかかりやわだかまりをほどき、 本来の流れへ還っていくことについて。 浄化。 そして、その先に現れるのが、 共時。 なのだと思います。 なぜなら、 心の中が何かでいっぱいになっているとき、 私たちは目の前に現れている小さな兆しに気づくことができないからです。 答えを急いでいるとき。 何かを強く求めているとき。 自分の考えだけで世界を埋め尽くしてしまっているとき。 そこに何かが現れていても、 それを見るための余白がありません。 けれど、 ひとつ何かを手放
9月9日読了時間: 5分