月読|つきよみ 第五篇

第五篇 月暈|つきがさ
幸運
幸運は、
突然やってくるものなのでしょうか。
大きな出来事。
思いがけない成功。
願っていたものが
突然手に入ること。
私たちは、
そういうものを
「幸運」と呼ぶことがあります。
けれど、
本当の幸運は、
もっと小さなところから
始まっているのかもしれません。
ほんの少し、
流れが変わる。
偶然、
必要としていた言葉に出会う。
なぜか気になる場所へ行ってみる。
ふと思いついたことを、
そのままやってみる。
その瞬間には、
それが何につながっているのか
まだ分かりません。
けれど、
あとから振り返ったとき、
「あそこから始まっていた」
と気づくことがあります。
第五曲「月暈」に込めたものは、
幸運。
前回、
月読は新月へ辿り着きました。
朧月|瞑想。
見えていたものを手放し、
答えを探すことをやめ、
ただ静けさの中へ沈んでいく。
そして今、
月は再び
少しずつ光を取り戻し始めています。
最初に現れる光は、
まだとても小さい。
満月のように
夜を明るく照らすものではありません。
注意していなければ、
見過ごしてしまうほどの光です。
でも、
すべての満月は、
この小さな光から始まります。
そう考えると、
幸運もまた、
それに似ているような気がします。
人生を一瞬で変えるような出来事だけが
幸運なのではなく、
そのずっと前に現れる、
小さな兆し。
そこに気づけること。
そして、
その小さな光を
大切にできること。
それもまた、
幸運なのかもしれません。
月暈。
月のまわりに、
淡い光の輪が現れることがあります。
月そのものとは別に、
その光を囲むように現れる輪。
そこには、
月の光だけを見ていたときには
見えていなかった景色があります。
幸運も、
目の前に突然
「幸運です」と書かれて現れることはありません。
むしろ、
その周囲にあるものとして
静かに現れる。
誰かとの出会い。
小さな誘い。
一冊の本。
ひとつの音。
偶然目に入った言葉。
なぜか心に残った出来事。
それ自体には、
まだ大きな意味がないように見える。
けれど、
そこから何かが始まることがあります。
だから、
幸運とは、
何か特別なものを
待つことではないのかもしれません。
すでに現れている小さな光に、
気づくこと。
第三篇「月華」では、
共時性について綴りました。
離れていた出来事が、
あるとき不思議なほど
重なって見えること。
そして、
第四篇「朧月」では、
その意味を追いかけず、
もう一度
静けさへ戻りました。
その静けさのあとに、
最初に現れるのが、
今回の「幸運」です。
つまり、
共時性に気づいたからといって、
すぐにその方向へ
走り出す必要はない。
一度立ち止まり、
静かになる。
そして、
それでもなお残っているものを見る。
何度も心に現れるもの。
なぜか忘れられないもの。
静かになっても、
まだそこにある光。
それなら、
ほんの少しだけ
そちらへ歩いてみる。
幸運とは、
その一歩によって
初めて動き始めるものなのかもしれません。
待っているだけではなく、
無理に掴みにいくのでもなく、
現れた兆しに、静かに応える。
そのくらいの距離が、
ちょうどいい。
月も、
新月を越えたからといって、
突然満月になるわけではありません。
ほんのわずかな光から、
一日ずつ、
少しずつ満ちていきます。
昨日より、
ほんの少し。
そしてまた、
ほんの少し。
その小さな変化の積み重ねが、
いつか大きな光になる。
私たちの中に生まれるものも、
きっと同じです。
何かが始まるとき、
最初から確信があるとは限りません。
まだ名前もない。
形もない。
誰にも説明できない。
けれど、
どこかで、
こちらへ進んでみたい
という小さな光がある。
それを、
すぐに打ち消さないこと。
その感覚を、
ほんの少し信頼してみること。
幸運は、
完成した形で
届けられるものではなく、
小さな入口として
現れるのかもしれません。
そして、
入口を通るかどうかは、
最後には自分自身が決める。
だから私は、
幸運を、
「良いことが起きること」
だけだとは思いません。
自分の前に現れた扉に、
扉があると気づけること。
そして、
開いてみようと思えること。
それもまた、
ひとつの幸運なのだと思います。
月暈。
月を囲む光の輪。
その光は、
月そのものではありません。
けれど、
月があるからこそ
現れるものです。
私たちの人生にも、
中心にあるものの周りへ、
小さな兆しが
静かに現れているのかもしれません。
見逃してしまうほどの光。
偶然として通り過ぎてしまう出来事。
けれど、
心が静かになっているとき、
それは少しだけ
見えやすくなる。
そして今日、
新月を越えた月にも、
再び光が戻り始めています。
まだ、
ほんのわずかです。
でも、
それでいい。
大きな光は、
いつも、
小さな光から始まります。
幸運もまた、
最初は兆しとして現れる。
その小さな光に気づいたなら、
急がず、
でも見失わず、
少しだけ
そちらへ歩いてみる。
そこから、
何かが始まるかもしれません。
次の月は、
孤月|内観。
光が増えていくからこそ、
今度はもう一度、
自分自身の内側を
見つめていきます。
05|月暈|つきがさ
幸運
静かな光の輪が、
まだ見えない流れの入口をそっと照らしてゆく。
小さな兆しに気づいたとき、
幸運はすでに始まっているのかもしれません。
「月輪を迎える」
九つの響き
どこから聴いてもいい。
ひとつだけでもいい。
今の自分に必要な光を。
月輪|つきのわ
「九つの響き|全曲プレビュー」



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